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過敏性腸症候群物語-中学生編-

小学校で過敏性腸症候群を発症した私が中学校にいくには大きな障害があった。

まずは通学時間が長くなる、それに伴い朝の慌ただしさが増すということです。それよりも、もっと苦しいことは、もはや子供ではないということだ。小学校は「児童会」だが、中学は「生徒会」、ああそうかと妙に納得したな。

当然、異性への関心も強くなるし、異性の前で恥をかきたくない気持ちも強くなる。さらに格好をつけたくなる。そんな気持ちと完全に逆行するだろ、「下痢」は。

朝、思い切って家をでる。学校に着くまで2km弱、時間にして20-30分。下痢はまるで体内爆弾だ。何ともないときは何ともない。しかし、いざ不安が走るともうおしまいだ。いてもたってもいられない、気持ちはどんどん弱っていく。田舎だったから、周りは田んぼばかりで隠れるところもない。どーしたらいいんだ!何度も畑仕事用の道具がしまってある掘っ立て小屋の裏に駆け込もうと思ったな。でも一本道を大勢の生徒が通学しているわけだ。そこを見つからないように隠れて野糞するのは至難な技だ。まあ不可能だろう。頭の中では、あそこに隠れようか、あそこの方が安全か、などシミュレーションをしながら歩いているうちに学校に到着だ。そして、速効、人目に一番つかないトイレに駆け込むわけだ。

朝礼などの集会も地獄だったな。話の内容なんか、もうどうでもいい、何も聞こえないし。ただ、我慢することに集中だ。便意の波動は強くなったり、引いていったり、それで一喜一憂するんだな。お恥ずかしい話だが、一回だけもらしたことがある。まだ朝だよ、その後、一日授業が続くわけ、地獄だな。トイレに駆け込んで便を拭き取り、冷や冷やしながら一日すごした。生きた心地がしなかったな。

過敏性腸症候群のいいところは、便意さえ襲ってこなければ何の問題もないことだよ。だから、そういったピンチに見舞われたけれど、中学生活全体が地獄だったわけではないよもちろん。その時々、瞬間地獄になるだけだ。そのピンチを乗り切り、無事にトイレで排便できれば、その後は普通に生活できるのが幸いだ。

後、一番の試練は「試験」だ。ご丁寧に「試験が始まったら、トイレに立ってはいけません」などと言われる。トイレでカンニングするのを防ごうって意図だろうが、そんなことを言われたら、よけいに緊張するでしょ、勘弁してくれよ。忘れられないのは、英語の試験の時、試験問題はできたんだけど、時間が余ったわけだ。あと15分、そこで便意がピークに達してきたわけ。時計をにらめっこしながら、あと○分、あと○分と言い聞かせて我慢だ。「よーし、12時だ終わった!」と思ったその瞬間、「開始時間が遅れたので、あと10分延長します」って。自分の中で緊張の糸が切れたよ。もうだめだ、「先生、トイレに行っていいですか」とついに言葉にだしてしまいましたとさ。

そんな苦労をしていることを先生たちも知らなかっただろうな。言いたくないしな、異性が気になる年頃だからな。隠そう隠そうとしてつらかった。今にして思えば、病気がつらかったのではなくて、隠そうとするのがつらかったのかな。だって、いつでもトイレに行けるのなら何も困らないからな、下痢は。そこが他の病気と違うところだな。確かに腹痛もつらいし、下痢もつらいよ。でもうまく排便できれば、その後は大丈夫なんだよね。だから、いつでもトイレに行ける環境なら何の問題もないわけだ。現に、休みの日に家にいるときは大丈夫だ。下痢したってトイレに行くだけだからな。

保健室にはお世話になったよ。保健の先生はいつもやさしくて、そういう私を暖かく受け止めてくれたよ。羞恥心を逆なでするようなことは絶対にしなかったな。すぐに薬をくれたよ。それがお守りみたいな作用をして、保健室にはよく行ったと思う。ありがとうございました、保健のS先生。

下痢で苦しんでいる自分と、自分を強く見せたい、自己顕示的な自分との葛藤の時代だったと思う。それ故、よけいに隠そう、自分の弱さを見せたくない気持ち、恥をかきたくない気持ちが強くて、病状を悪化させていたのだと思う。このころまでは回復の糸口すら見いだせなかった。「ちくしょう、こんな症状があるもんで、余計な苦労をする。恥ずかしい」という感じで、自分で自分を恥だと思い、否定していたわけだな。

こんな自分を変えたい、強くなりたい。そう思って空手の通信教育を申し込み、レンガを割ったり、瓦を割ったり、電柱に布を巻いて、拳でついたり・・・ちょうどブルースリーの映画がはやっていたんだな。おもちゃのヌンチャクをかって、練習したよ。それを皆の前で自慢げに披露したりな。今思えば、そっちの方が恥ずかしいよ。まあ、バカだったんだな。中学生時代を思い返すと、人生の中で一番恥ずかしい思いがするよ。下痢が恥ずかしかったのではなくて、自分の弱さを隠そうとしてやっていることが恥ずかしいんだな。

中学生時代が過敏性腸症候群の病状は一番悪かった時代だったといえるよ。このときは、プレッシャーで下痢することはわかっていたけど、そういった細かい心の動きと症状との関係を理解する力はまるでなかったな、当然だけど。

中学生編終わり


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